ミタンニ

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ミタンニ

ミタンニは前16世紀からメソポタミアの北方の山岳地帯を支配した国で、インド=ヨーロッパ語族に属するミタンニ人によって建国されました。しかし、ミタンニを構成していた多くの人々は、もともとコーカサス地方にいたフルリ人(フリ人ともいう)であったとされています。ミタンニの首都ワシュカニは現在のイラクのテル・ファハリヤともされていますが、未発掘のため正確なことはわかりません。

オリエントの最古の国際関係

前2000年紀にはミタンニ、カッシート、ヒッタイト、エジプト新王国などが分立し、抗争を繰り返しながら国際関係を結んでいました。この時期に、最初に覇権争いの主導権を握ったのがフリ人のミタンニであり、彼らはメソポタミア北西部からシリア北部にかけて国を建てました。しかし、エジプト新王国との対立やヒッタイトの脅威により、ミタンニは衰退しました。

前14世紀ミタンニの滅亡

前14世紀中頃、ヒッタイトのシュッピルリウマ1世がミタンニに攻め込み、ミタンニ王家では内紛が起きました。トゥシュラッタ王が息子に殺され、ヒッタイトに敗れてその属国となりました。ミタンニは事実上滅亡し、アッシリアに併合されました。ただし、ミタンニの滅亡に関しては、ヒッタイトとの戦いで衰退した一方で、ミタンニに服属していたアッシリアがヒッタイト人から鉄器を学び、次第に有力となってヒッタイトと争うようになりました。

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