相貌失認(失顔症)とは?

この記事は約8分で読めます。

相貌失認(失顔症)とは?

「誰の顔なのか」を忘れる奇妙な症状

相貌失認、通称失顔症、その名前からもわかる通り、人々が日常的に他人の顔を認識できないという稀な現象を指します。これは、脳血管障害、外傷、脳炎などによって引き起こされることがあります。驚くべきことに、ごく近しい親族や友人、さらには自分の子供ですら、相貌失認患者にとっては見分けがつかなくなってしまうことがあるのです。

世界的には2%の人口に影響

国際的な調査によれば、世界の人口の約2%が相貌失認に悩まされていると報告されており、日本でもいくつかの症例が報告されています。そのため、身近な環境で相貌失認に悩む人と出会う可能性は意外に高いのです。

相貌失認の症状

相貌失認にかかると、視力に問題はないし、物や形状の記憶力も正常なのに、なぜか他人の「顔だけ」が認識できなくなるのです。

通常の人は友人や家族の顔を一瞬見ただけで誰かを識別できます。しかし、相貌失認の人にとっては、誰の顔も同じように見え、一瞬で誰かを特定することができません。

加えて、彼らは相手がどちらを向いているのか、表情から感情を読み取ることができず、相手が男性か女性かも判断できません。

相貌失認の症状は、軽度から重度までさまざまです。周りには顔をうまく認識する能力がある人もいますし、相貌失認ではないけれど顔を覚えるのが苦手な人もいます。顔を覚えるのが得意な人であれば、一度しか会ったことのある人でも、再び街で出会った際に彼らを見分けることができるかもしれませんが、相貌失認の人はそのようなことが不可能です。

軽度な相貌失認の場合、他人を見分ける機会は普通の人よりも少ないかもしれませんが、それに困ることはあまりありません。しかし、重度な相貌失認になると、自分の親や子供ですら見分けられず、困難を感じることがあるでしょう。

相貌失認の影響:見逃すことのできない困難

相貌失認に苦しむ人々は、次のような困難に直面する可能性があります。

1. ドラマや映画での混乱

登場人物を見分けられないため、ストーリーの理解が難しくなります。

2. 待ち合わせ場所での苦労

友人や家族を見つけることができず、待ち合わせが困難になります。

3. 失礼な対応

以前あいさつしたことのある人に対して、失礼な行動をとる可能性があります。

4. 社会での孤立

学校や職場でよく会う人であっても、不慣れな場所では無視してしまうことがあります。

5. 子供の迷子

自分の子供を見つけられないため、子供のお迎えが難しくなります。

6. 不審者の誤認

知人から肩を叩かれたときに、不審者に叩かれたかのような反応を示すことがあります。

相貌失認の人々は、自身の顔を認識できないことで、ショックを受け、他人を失礼な人と誤解することがあります。この症状は、社会生活を営む上で大きな障害となり得ます。

相貌失認の原因

相貌失認は、わざと顔を覚えないわけではなく、むしろ他の人よりも顔を認識しようとする努力をしているにもかかわらず、誰の顔も認識できない障害です。

先天性の相貌失認

先天性の相貌失認は、顔を認識するための脳内処理が適切に行われないことから発生すると考えられています。視覚障害や知的機能の低下、脳損傷などは存在しないにもかかわらず、顔を認識することができないのです。なぜこのような症状が生じるのか、その詳細はまだ解明されていませんが、遺伝的要因も関与している可能性が指摘されています。

後天性の相貌失認

後天性の相貌失認は、事故、脳梗塞、脳腫瘍などが原因で、顔を認識し情報処理を行う脳機能が損傷した結果発症します。事故に巻き込まれた場合、病院から目覚めても、家族や友人が誰であるかを理解できないという困難に立ち向かわねばなりません。

相貌失認と発達障害の接点

自閉症スペクトラム障害など発達障害を抱える一部の人々は、顔の認識に困難を抱えています。自閉症スペクトラム障害だけでなく、ウィリアムズ症候群やターナー症候群などの異なる疾患の患者にも、相貌失認の症状が見られることがあります。

しかし、発達障害を持つすべての人が顔認識に問題を抱えているわけではなく、逆に、相貌失認の人が必ずしも発達障害であるわけでもありません。

自閉症スペクトラム障害と相貌失認の共通点は、顔を認識する際に、細かい特徴は認識できるが、全体的な統合に苦労することです。

目、鼻、輪郭などの顔の要素は個別には多くの個人差がなく、そのため、顔を認識する際にはこれらの要素を個別に見るのではなく、それらの組み合わせを用いて全体像を構築します。顔を認識するために目だけを見たり、鼻だけを見たりして特定するのは、ほとんどの人にとっては非現実的です。

このように、相貌失認と自閉症スペクトラム障害には共通する特性が見受けられます。しかしながら、なぜ相貌失認と発達障害に関連があるのかについては、複数の仮説が存在し、未だに解明されていない側面もあります。

相貌失認の診断方法

相貌失認かどうか、あるいは単に他人の顔を認識するのが難しいだけなのかを判断するためには、どのような方法があるのでしょうか。以下では、相貌失認かどうかを確認するために用いられる相貌認知課題について紹介します。

相貌認知課題:3つの主要項目

相貌認知課題は、大まかに次の3つの項目で構成されます。

1. 見たことある人の顔の認識

この課題では、一般的には有名人や家族の写真などが使用され、被験者にその人物が誰であるかを答えさせます。名前を思い出せない場合でも、その人物を特定できていれば正解となります。

2. 見たことない人の顔を区別

この課題では、2つの写真が同じ人物か異なる人物かを判断させることや、提供された写真から正しい人物を選ぶタスクなどが行われます。

3. 性別や年齢の推測

この課題では、2つの写真からどちらが男性か、あるいはどちらの方が若いかを答えさせることで、認識能力を評価します。

これらの課題を通じて、相貌失認の診断や程度の評価が行われます。それぞれの課題において、正答率や反応時間などが測定され、相貌失認の有無や深刻さを評価します。

相貌失認の対処法:顔以外の情報に頼る

相貌失認に立ち向かう方法として、私たちは目の前の人物を認識する際、顔だけでなく様々な情報を活用しています。特定の髪型、声や話し方、歩き方、あるいは服装などが参考にされ、これらを記憶と照らし合わせて相手を識別します。

相貌失認の人々にとって、相手を顔から判断することは難しいかもしれませんが、顔以外の情報を駆使して相手を識別することは可能です。生まれつき相貌失認を抱えている人々は、独自の方法で社会生活を適応し、支障なく過ごすことがあります。

残念ながら、現在のところ、相貌失認を根本的に治療する方法は見つかっていません。したがって、相貌失認を克服するには、顔以外の情報に特に注意を払い、相手が誰かを識別することが重要です。

相貌失認による問題を軽減するために、自身が相貌失認であることを周囲に公表する方法も存在します。

神経科医オリヴァー・サックスのように、著名な著作で知られる人物も相貌失認を告白しています。サックスの助手は、サックスの訪れる人々に対して次のように伝えていました。

「あなたのことを覚えているかどうか、先生に訊かないでください。覚えてないって言いますから。お名前を名乗って、自分が誰かを先生に教えてあげてください」

サックスはまた、次のように言っていました。

「ただ覚えていないと言うのはだめですよ――失礼ですし、人は気を悪くします。『申し訳ありませんが、私は人の顔をちっとも覚えられないんです。自分の母親の顔さえわからないんですよ』って言ってください」

相貌失認である場合、常に気を配る必要があるため、生活における負担が大きくなることがあります。したがって、相貌失認に苦しむ人は、周囲に正しく理解してもらうために、相貌失認であることを周囲の人々に伝える選択肢を検討することも重要です。

相貌失認の著名人

人口の約2%が相貌失認に影響を受けるとされるなか、相貌失認は決して珍しい症状ではありません。日常生活での困難な瞬間も存在しますが、それにもかかわらず、相貌失認を抱える著名人は多くいます。

ルイス・キャロル

ルイス・キャロルは、『不思議の国のアリス』などの童話で知名度を高めた児童文学の巨匠です。彼は単なる作家だけでなく、大学の講師、写真家、牧師としても多岐にわたり、非常に多才な人物でした。ルイス・キャロルは、数字の「42」に執着し、規則を重んじる性格であり、言葉の意図を誤解することがありました。さらに、言語障害も報告されています。彼の生涯には、顔を認識する困難さや社交的なエピソードが幾つか残っています。

ブラッド・ピット

アメリカ出身の俳優ブラッド・ピットは、アカデミー賞での成功や多岐にわたる映画作品で知られています。彼は2013年に自身が相貌失認の疑いがあることを公表しました。

相貌失認の診断・相談先

相貌失認は、現在医療分野で一般的に使われる診断名ではありません。この症状が見られる場合、相貌失認の可能性が考慮されますが、日本では相貌失認を正確に診断する基準が確立されていません。また、相貌失認を根本的に治療する方法も存在しません。

相貌失認に困っている場合、専門的なアドバイスを受けたり、自身の誤解の有無を確認するためにも、専門家の意見を求めることは有益です。

相貌失認に関する相談先として、総合病院や脳神経外科のある病院が考えられますが、これらの病院がすべて相貌失認の相談を受け入れているわけではありません。その前に病院の受付で確認を行うことをおすすめします。

まとめ

相貌失認は一部の人々にとって、日常生活において相手の顔を識別する難題となります。この問題は簡単に解決することができないものであり、その治療法も確立していません。

したがって、相貌失認に苦しむ人々は、自身に合った工夫を模索し、日々の生活に適応することが必要です。顔以外の情報を駆使して相手を識別する方法を身につけ、必要に応じて相貌失認を抱えていることを周囲の人々に伝えることが大切です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました