- 贅沢税とはなぜ必要なのか?
- 贅沢税の歴史と目的
- 贅沢税の計算方法とペナルティ
- QOに関するペナルティ
- 年俸総額とAAVの違い
- AAVにカウントするもの、しないもの
- 契約金(Signing Bonus)はカウントされる
- 出来高(Incentive)は発生した場合のみカウントされる
- 選手オプション(Player Option)はカウントされる
- 球団オプション(Club Option)はカウントされないがバイアウト(Buyout)はカウントされる
- 相互オプション(Mutual Option)はカウントされないがバイアウトはカウントされる
- ベスティングオプション(Vesting Option)はカウントされない
- オプトアウト(Opt out)はAAVに影響しない
- 出場停止処分(Suspension)時はAAV減額される
- 繰延支払い(deferred compensation)によりAAV減額されることがある
- トレードされた選手の年俸は按分される
- AAV以外でカウントされる年俸総額
- 贅沢税対策の契約手法
贅沢税とはなぜ必要なのか?
最近贅沢税が話題にあがる頻度が増えてきたように感じます。
贅沢税自体は以前からある制度なのですが、今オフ大補強で閾値を力技で突破するメッツに対し、少しでも余裕を持たせるためボガーツの11年$280Mなどあえての長期契約を結ぶパドレスのようなチームも出てきており、コンテンダーらは様々なやり方を駆使しています。その裏側を理解するためには、我々ファンにもある程度の知識が必要になってきました。
そもそもMLBファンのみならず野球ファンは野球のプレーや応援するチームの勝敗を楽しむのが本質であるため、難解な贅沢税の知識などなくても十分楽しめます。
しかし、あくまで推定のNPBとは異なりMLBは契約詳細がオープンにされており、またその内容がチームの他の選手の補強にも関わってくるため、贅沢税の仕組みを理解していた方がオフシーズンもより楽しむことができるでしょう。
贅沢税の歴史と目的
スポーツビジネスにおいては世界一と言っても過言ではないアメリカでは、NFLを筆頭に「戦力均衡化」が重要視されています。
リーグを面白くするのは戦力均衡化であるという理念のもと、NFL、NBA、NHLではサラリーキャップが導入されており、これにより年俸面で飛びぬけたチームが出ないよう戦力が抑制されています。各リーグのサラリーキャップの詳細についてはそれぞれソフトやハードなど種類に違いがありますのでここでは説明を避けますが、サラリーキャップは「原則超えてはいけない総年俸上限がある」くらいに理解しておけばいいでしょう。
MLBにおいてもサラリーキャップ導入が検討された時期がありましたが、それを巡り1994年から1995年にかけてプロスポーツ史上最長のストライキが起こり、代替案として”贅沢税(Luxury Tax)”が導入されることになりました。
正式名称は”CBT(Competitive Balance Tax)”なのですが、本記事では”贅沢税”という表現で統一します。
この贅沢税がサラリーキャップと異なるのは、設定された総年俸上限額(閾値:Threshold)を超えても構わないという点です。超えても構わないけど、超えたら段階的にペナルティが発生するよというルールなのです。
贅沢税の目的は、サラリーキャップと同様に戦力均衡化を促すことです。しかし、サラリーキャップと違って、チームには自由裁量が与えられており、閾値を超えても罰金を払えばよいだけなので、裕福なチームはそれでも補強を続けることができます。一方で、罰金はリーグに納められ、その一部は貧乏なチームに分配されることで、財政的な格差を縮める効果もあります。
贅沢税の計算方法とペナルティ
基準となる閾値
贅沢税には毎年事前に設定された閾値が存在しており、現時点では下記のように2026年まで金額が決定しています。
2023年:$233M
2024年:$237M
2025年:$241M
2026年:$244M
この金額を見てわかる通り基本的には右肩上がりで少しずつ上昇しています。
現行と同じシステムになった2003年以降、閾値は横ばいの年はあったものの減少した年はありません。選手の年俸と同様に、今後もゆるやかに上昇していくと思われます。
ペナルティ
閾値を超えたチームには段階的にペナルティが課されます。
閾値を超過した場合
1年目なら超過分の20%、2年連続なら超過分の30%、3年以上連続なら超過分の50%課税
なお、2年以上連続で超過していても閾値を下回った年があれば年数はリセット
閾値を$20-40M超過した場合
超過分に対して①+12%の課税
閾値を$40-60M超過した場合
1年目なら超過分に対して①+42.5%の課税
2年以上連続なら超過分に対して①+45%の課税
閾値を$60M以上超過した場合
超過分に対して①+60%の課税
*2022年から新設されたカテゴリであり、MLB屈指の資産家で豊富な資金を武器に補強しているメッツのオーナー、スティーブ・コーエンの名前から別名”Cohen Tax”とも呼ばれます。
閾値を$40M以上超過した場合
③、④に加えて翌年のドラフト最上位指名権を10位降下
最上位指名権が全体6位以内であった場合は、2番目に高い指名権を10位降下
ペナルティの例
2023年に初めて閾値を超え、贅沢税対象の年俸総額(CBT Payroll)が$280Mとなったチームがあったとすると、下記のような計算になります。
①$233Mを超えた$20Mの20%=$4M
②$253Mを超えた$20Mの32%=$6.4M
③$273Mを超えた$7Mの62.5%=$4.375M
この場合は合計$14.775Mが課税され、$273Mを超えたため翌年のドラフト最上位指名権が10位降下します。
QOに関するペナルティ
贅沢税を支払っている球団が他球団のクオリファイング・オファー(以下QO)を拒否してFA市場に出てきた選手と契約した場合、翌年のドラフトにおける2番目と5番目に高い指名権及び国際ボーナスプール$1Mを失います。
加えて、2人目のQO拒否選手を獲得した場合は、翌年ドラフトの3番目と6番目に高い指名権を失います。
2022年に贅沢税の閾値を突破した球団はドジャース、メッツ、パドレス、フィリーズ、レッドソックス、ヤンキースで、この6球団のうち他球団からのQO拒否選手をそれぞれ1人ずつ獲得したパドレス(ボガーツ)、フィリーズ(T・ターナー)、ヤンキース(ロドン)の3球団は2023年ドラフトで2番目と5番目に高い指名権と国際ボーナスプール$1Mを失うペナルティを受けることになります。
QOとは、自由契約になる選手に対して、その年の平均年俸額と同じ金額の1年契約を提示することです。選手はQOを受け入れるか拒否するかを選択できます。QOを受け入れた場合は、その球団と1年契約が成立します。QOを拒否した場合は、他球団と自由に交渉できますが、その選手を獲得した球団は上記のペナルティを受けます。また、その選手を失った球団は、翌年のドラフトで補償指名権を得ることができます。
QOの目的は、自由契約選手の流出を抑えるとともに、移籍した選手に対して補償を与えることです。しかし、QOは選手の市場価値を下げるという副作用もあります。なぜなら、QOを拒否した選手を獲得する球団は、ドラフト指名権や国際ボーナスプールを失うことになるので、その分選手の年俸を減らす傾向があるからです。そのため、QOは選手側にとっては不利な制度と言えます。
年俸総額とAAVの違い
贅沢税について語る際に、まず大前提として理解しておかなければならないことがあります。
それは、実際にその年支払う年俸総額と、贅沢税を計算する上での年俸総額は異なる、という点です。
ここが非常にややこしいところなので、パーツごとにわけて紹介していきます。
確定タイミング
トレードやリリースなどシーズン中でも選手の行き来が激しいMLBですが、贅沢税対象の年俸総額が確定し計算されるのはシーズン終了時です。
シーズン終了時点の40人ロースターの選手の契約と、チームが支払い義務を持つその他を合わせた金額で計算されます。
1年あたりの平均年俸(AAV)
例えば5年$50Mという契約を結んだ選手がいるとします。
一口に5年$50Mと言ってもその内訳や支払い方法は様々です。
契約金の比重が大きい契約もあれば、単純に毎年$10Mずつ支払われる契約も、$6M, $8M…と毎年右肩上がりで上昇していく契約も、イチローのように一部を引退後長期間に渡って分割で受け取る契約もあり得ます。
選手の合意さえあればあらゆるスタイルの契約を結べるわけですから、贅沢税の対象とならないよう年俸総額を年ごとに調整することは難しくありません。
そこで、そういった小細工を阻止するために贅沢税ではAAV(Average Annual Value)の数字を使って計算します。
AAVは1年あたりの平均年俸を指し、5年で総額$50Mならその内訳にかかわらずAAV$10Mとみなすのです。
AAVにカウントするもの、しないもの
上述のように5年$50Mという単純な契約ならわかりやすいのですが、例えば4年$40M+球団オプション$10Mという契約ならどうでしょう?
実際はオプションがついた契約が少なくないので、具体例も交えてどういう場合にカウントするのか紹介します。
契約金(Signing Bonus)はカウントされる
先日結ばれたばかりのダルビッシュの新契約は6年$108Mですが、そのうちの$6Mは契約金とされています。
契約金はAAVに含むため、ダルビッシュのAAVは$18Mとなります。
出来高(Incentive)は発生した場合のみカウントされる
MLBの出来高は打率.300を超えたら、20本塁打を超えたら、といった成績のパフォーマンスに応じたタイプの出来高は禁止していますが、出場試合数や投球回数、打席数などに応じた出来高は許可されています。
今オフロイヤルズと再契約したグレインキーの契約は1年$8.5M+出来高最大$7.5Mというもの。90イニングに到達したところから5イニングずつ上がるにつれ出来高がつく契約なので、シーズン開始前の現時点で確定しているのがAAV$8.5Mですが、シーズン終了時には出来高がいくらになるのかがわかり、AAVもそれに応じて最大$16Mまで変動することになります。
選手オプション(Player Option)はカウントされる
選手オプションは選手側が行使するかの決定権を持つため、契約の最低保証額(Guarantee)と捉えることになります。
今オフパドレスが契約したカーペンターは、1年$6.5M+2年目選手オプション$5.5Mという内容になっていますが、彼のAAVは$6.5Mではなく選手オプションが行使される前提の2年$12M、つまりAAV$6Mで計算されることになります。
なお、オプション行使されるかされないかはシーズン終了後まで不明であるため、仮にオプションが破棄されたとしても遡ってAAVが修正されることはありません。
球団オプション(Club Option)はカウントされないがバイアウト(Buyout)はカウントされる
球団オプションは選手側に決定権がないため独立した契約とみなされますが、球団オプションが行使されない場合に発生するバイアウトが契約に盛り込まれている場合、前年までの契約に組み込まれることになります。
今オフマーリンズと契約したクエトは、1年$6M+2年目球団オプション$10.5M(バイアウト$2.5M)という内容になっています。
球団オプションが行使されなかった場合でもバイアウトの$2.5Mを受け取ることができるため、これは実質的な1年$8.5M保証の契約と捉え、AAV$8.5Mとなります。
相互オプション(Mutual Option)はカウントされないがバイアウトはカウントされる
相互オプションは選手側と球団側の両者が共に望んだ場合のみ行使されますが、選手側の意向のみで行使できないため実質的には球団オプションとほとんど変わらない扱いとなります。こちらもバイアウトが契約に盛り込まれている場合、④と同様の計算になります。
今オフホワイトソックスと契約したクレビンジャーは、1年$8M+2年目相互オプション$12M(バイアウト$4M)という内容になっています。
相互オプションが行使されなかった場合でもバイアウトの$4Mを受け取ることができるため、これは実質的な1年$12M保証の契約と捉え、AAV$12Mとなります
ベスティングオプション(Vesting Option)はカウントされない
ベスティングオプションは選手側が特定の条件をクリアした場合、対象となる年の契約が権利確定するというオプションです。
そのため、条件をクリアするかわからない時点では存在しないものとして扱います。
今オフメッツと契約したバーランダーは、2年$86.66M+3年目ベスティングオプション$35Mとなっています。
3年目は2024年に140イニングをクリアした場合選手オプションが発生するのですが、この契約は2年$86.66MのAAV$43.33Mという扱いになります。
オプトアウト(Opt out)はAAVに影響しない
オプトアウトは設定されたタイミングで選手側が契約破棄できる条項ですが、これは契約破棄しない前提でAAVが計算されます。
マチャドは2019年から10年$300Mという契約をパドレスと結んでいますが、この契約には2023年オフにオプトアウト可能な条項が付帯しています。
2019-23年までが5年$140Mなのに対し2024-28年は5年$160Mであるため、オプトアウトすれば実質的には5年$140Mという契約になるわけですが、これも2023年シーズン終了後までどうなるか不明なので、10年$300M、つまりAAV$30Mの契約として扱います。
出場停止処分(Suspension)時はAAV減額される
少しレアなケースですが、PEDなどで出場停止処分を受けた場合、処分を受けた試合数に応じてその年のAAVが減額されます。
昨年PED違反が発覚したタティスは、14年$340Mという契約を結んでいるため本来のAAVは約$24.29Mです。
しかし、80試合の出場停止処分により2022年は60試合、2023年20試合を無給ということで、2022年は60/162試合分、2023年は20/162試合分がそれぞれの年のAAVから減額されることになります。
そのため、AAVは2022年が約$16.95M、2023年が約$21.29Mと計算されています。
これは出場停止処分があった年のみの措置となるため、2024年からは再びAAV$24.29Mへと戻ることになります。
繰延支払い(deferred compensation)によりAAV減額されることがある
繰延支払いとは、選手の年俸の一部を将来の年に分割して支払うことです。
これは選手の税金負担を軽減したり、チームの財政を調整したりするために行われることがあります。
繰延支払いはAAVに影響することがありますが、その条件は複雑です。
基本的には、繰延支払いの金額が契約の総額の5%を超える場合、または繰延支払いの期間が契約終了後の5年を超える場合、AAVが減額されます。
減額される金額は、繰延支払いの金額に年率1.2%の割引率をかけたものです。
繰延支払いの例として、大谷翔平がドジャースと結んだ10年$700Mの契約があります。
この契約では、毎年$70Mのうち$20Mが繰延支払いとなっており、契約終了後の10年間に分割して支払われます。
この場合、繰延支払いの金額は契約の総額の28.6%にあたり、繰延支払いの期間も契約終了後の10年となっているため、AAVが減額されます。
減額される金額は、$20Mに年率1.2%の割引率をかけたもので、約$18.76Mとなります。
そのため、大谷のAAVは$70Mから$18.76Mを引いた$51.24Mとなります。
トレードされた選手の年俸は按分される
TDL(トレードデッドライン)など、シーズン開幕後に選手のトレードが行われた場合は基本的に按分で計算することになります。
例えば昨年TDLでパドレスへと移籍したソトの年俸は$17.1Mでしたが、ナショナルズが8/1以前の年俸分である約$10.99Mを按分で負担しています。
また、長期契約を結んでいる選手をトレードで獲得した場合、昨年の労使協定によりトレード時点で残っている契約からAAVを再計算することになっています。
AAV以外でカウントされる年俸総額
長期契約を結んでいる選手やFA加入選手の年俸はAAVで計算されますが、それ以外のFA前、年俸調停権取得前の選手は1年ごとに契約が更新されるため、その確定した年俸が算入されることになります。
トレードで選手を放出した場合に高額年俸選手の大部分を負担する場合がありますが、その場合も負担額が贅沢税対象の年俸総額に算入されます。
逆に、高額年俸の選手を引き取り年俸負担してもらった場合には、贅沢税対象の年俸総額から差し引かれることになります。
福利厚生(Player benefits)も含まれます。
これに関しては詳しくないのであまり説明できないのですが、選手の保険や交通費、食事代などのことです。
調停前ボーナスプール(pre-arbitration bonus pool)も含まれます。
これは昨年の新労使協定で決まった制度で、年俸調停権取得前の選手が好成績を残す、あるいは新人王などのアワードの投票で上位に入るといったパフォーマンスに応じて支払われるものです。
ボーナスプールとして$50Mが用意されており、30球団がそれぞれ約$1.67Mずつ負担します。
贅沢税対策の契約手法
最近のMLB契約事情に明るい方ならば周知の通り、今オフは特に贅沢税対策と見られる契約が飛び交っており、その代表的なチームがパドレスです。
パドレスが今オフFAで獲得したボガーツは当初6-7年契約が妥当と見られていましたが、実際の契約は11年$280Mという驚愕の長さになりました。
例えば彼の適正価値が6年$180Mと見込んだ場合AAV$30Mとなりますが、実際は11年$280Mで契約したためAAVは約$25.45となります。
選手にとっては単年あたりの年俸が多少減っても長期間を保証してもらうことで結果的に年俸総額が当初の想定より大きくなるというメリットがあり、球団側にとってはAAVを抑えることで贅沢税対象の年俸総額を抑えることができるというwin-winの契約になります。
また、先日新契約を結んだダルビッシュに関してはさらに踏み込んだ裏技が使われています。
2023年まで契約が残っており、当初はそこから2,3年程度の契約延長が妥当と思われていましたが、原契約を破棄して2023年から開始する6年契約を結びなおしました。
元々の契約は6年$126Mで2023年のAAVは$21Mだったのが、2023年からの新契約とすることでAAVを$18Mまで縮小することに成功しています。
このように、やり方次第ではその年のAAVを縮小して余裕を作り出すことも可能です。
こういった契約はそもそも閾値に達するほどの年俸総額に達していない球団にとってはする必要のないものです。
しかし補強や契約延長で多額の資金を投入する球団にとっては有効な手段であるため、これを禁ずる新たなルールが制定されない限りは今季以降もこういった契約が(主にパドレスで)頻発するのではないでしょうか。
ただ、契約が承認されるか否かはMLB側の裁量次第というところもあるため、例えば15年$200Mといった極端な契約は認められないでしょう。
どれだけギリギリを攻められるかの勝負になってきそうです。
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